わたしが産婦人科医師になってから39年がたちます。その間、23年前には富士見産婦人科病院事件がありました。いま、振りかえってみると、この事件にかかわる前のわたしは、産婦人科医として、単に技術の研鐙を積んでいただけだ、と思えるくらいです。事件は、女性の臓器が「営利の対象」になること、医療は必ずしも「健康の回復」に役立つとはかぎらないこと、わたしたちが教えられてきた考え方や価値観は、違った光をあててみると、必ずしもよいとはいえないこと、女性の病気の背景にはさまざまな社会的「ゆがみ」が存在し、影響していること、などを教えてくれました。わたしが向き合ったのは、病気としてというよりは、医療被害の対象としての臓器、社会が位置づけた子宮であったわけです。
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