多機能複合化の本格的な始動の第一の契機は、多摩センター地区の拡充計画に始まる。1983(S58)年に検討が開始された「首都改造計画」は、業務核都市の育成による多核多圏域型の地域構造の形成と連合都市圏として再構築するものであった。このため業務核都市を中心とする骨格ルートとして核都市高速道路(核都市間連絡道路)の提案がなされた。また、多摩ニュータウンが位置する多摩自立都市圏については、「大学、産業等の集積を生かし学術・研修機能を育成すると共に圏域の一体性を向上させ、諸都市の特性に応じた機能分担及び相互の機能連携を深めることにより圏域の自立性の向上を図る東京大都市圏西部の産業軸の要衝として、埼玉・神奈川自立都市圏等との連携を深める」としている。これを受けて1986(S61)年に決定を見た「首都圏整備第四次基本計画」では、「業務亥都市と副次核都市を中心として諸機能の集積を高め、職住近接、都市的サービスの充足により多摩自立都市圏の形成を図る」こととし、「業務核都市と副次核都市等を結ぶ環状方向で広域的交通施設の整備と併せて、その沿線に多様な機能を有する軸状新市街地の開発を行う」ことを提案しニュータウン開発の役割も地域整備の一環としてより広域的な視点に立って実施することの重要性を示した。