参考にすべきは、米英で成功した実例である。アメリカの例は、預金者保護を前提条件にした徹底的整理方式だった。これに対しイギリスのやり方は、公的資金導入による金融機関の直接救済を、早目に実施してピンチを乗り切った。有名な「ライフーボート」(救命艇)作戦による政策支援である。イギリスでは、一九七〇年代から金融自由化が進み、その過程で不動産ブームとその崩壊による金融システムの危機を二度経験している。この二回の金融危機に対し、イングランド銀行主導の公的資金が導入された。
(参考)
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第一回目は、第二銀行(日本のノンバンクに相当するが預金受入機能を持つ)のピンチに発動された。イングランド銀行は、一九七三年十二月、手形交換所加盟の大手商業銀行とともに信用管理委員会を設置、「救命艇」と呼ばれる救援対策に乗り出した。支援すれば再建可能の第二銀行二十六行に対し、イングランド銀行一割、民間金融機関九割の協調融資十二億リを供給した。この額は、当時の名目GDP(国内総生産)の二%弱に当たる金額だった。その後、民間側が負担の重さに悲鳴を上げたため、同行はさらに一億リを追加融資した。その結果、八銀行は整理されたが、金融不安は一九七五年に鎮静化した。ところが、十年後の一九八〇年代後半、また不動産ブームが起き、やがてバブルがはじけた。当然のごとく中小金融機関が経営危機になった。イングランド銀行は再び救命艇を発進させ、一九九一年から昨年まで、一億一千五百万リの救済融資を実施している。ここで重要な点は、イングランド銀行が無制限に救済しなかったことである。対象になる銀行は、その経営実態を精査し、そのうち支援によって将来再建が可能と見込めるところに限定し、早目に手を打った。また救済融資に適用された金利はゼロではなく、市場金利より高めに設定し、流動性危機だけを救った点も重要である。